
作業厨でもゲームがしたい! 世界中の人々が熱狂するフルダイブ型VRゲーム「インフィニティ・コード」。配信からわずか一ヶ月でダウンロード数が1000万を突破し、社会現象と化していた。無限に広がるかのような壮大な仮想世界で、プレイヤーは自由度の高い冒険に繰り出し、自分だけのユニークな装備や愛らしいモンスターを育て上げ、数多の壮大なストーリーを紡ぎ出すことができる。その圧倒的なスケールと中毒性から、今や世界中の誰もが一度は耳にする、時代のアイコンとも呼べるタイトルとなっている。 「インフィニティコード?」 高校二年生の櫻井きずなは、賑やかな昼休み、親友の鶴岡あやめと、紗季乃爽(さきの そう)とで、誰もいない教室に机を寄せ合って、ランチタイムを楽しんでいた。 「うん、最近流行りのフルダイブ型VRゲーム。私、β版からやってたんだけど、もう超面白くって!」 あやめは目をキラキラと輝かせ、身振り手振りを交えながら熱弁する。 彼女は生粋のゲーム好きで、最新の話題作から知る人ぞ知る隠れた名作まで、ありとあらゆるジャンルを網羅している。その知識は底なしで、ゲームの機能について「一つ」尋ねれば、「十」どころか「百」は返ってくるのではないかというほどだ。しかし、成績優秀で真面目な生徒会長というイメージを崩したくないのか、そのことを私たち以外に公言することは決してない。 「あー…あれ、ハードだけ買って結局やってないんだよね〜。」 爽は購買で買った甘いジャムパンを齧りながら、涼しい声で言い放った。今日は陸上部の朝練があったため、お弁当を用意する時間がなかったらしい。その言葉に、あやめは心底もったいないといった表情を浮かべる。 「えー、勿体ないなぁ…ねぇ、きずなも一緒にやろうよぉ〜!」 あやめは、爽に向けていた熱っぽい視線を今度はきずなへと移した。きずなは、箸で卵焼きを運ぼうとしていた手をぴたりと止める。その瞳には、少しばかりの好奇心と、しかしそれ以上の躊躇いが浮かんでいた。 「うん、楽しそうだし、本当はすごくやってみたいんだよねぇ。でもさぁ…」 きずなは、まるで重たい空気を吐き出すように、ため息混じりに言葉を続けた。その複雑な表情を察したのか、爽はジャムパンをもう一口頬張りながら、静かに問いかけた。 「あー。…ゲーム、続いたことないんだっけ?」 そう、きずなは複雑なシステムが苦手で、いわゆるゲーム音痴なのだ。つい先日、あやめに勧められて始めたソーシャルゲームもそうだ。モンスターを倒してレベル上げをしたり、装備を強化したり、仲間やドラゴンの育成をしたりと、様々な要素が詰め込まれていた。しかし、きずなにはその複雑さがどうしても馴染めず、千円ほどの課金をしたものの、結局三日ほどで諦めてしまったのだ。他にも、複雑なRPGや育成ゲームはことごとく三日坊主に終わっている。唯一、熱中して続けられているものといえば、クッキークリッカーやマインクラフトでの整地など、ひたすら同じ作業を繰り返す、いわゆる作業ゲーばかりだった。 「ゲーム音痴なんですわ…私。やろうと思っても、気づいたら別の作業を始めちゃってるっていうか…」 きずなは、自分が座っている椅子を後ろに傾け、バランスを取るように体を揺らした。金色の光を帯びた長い二つ結びの髪が、ぷらーんと宙に垂れ下がる。 「確かに、ゲーム三日坊主はもはや才能の領域だよねぇ…」 あやめは苦笑いしながらも、きずなの言葉に納得したように頷く。 「でもさ、実際やってみたいとは思うんだよねぇ。あのファンタジー感、ワクワクするんだもん。」 そういうときずなは机から、一冊の本を取り出した。表紙は中世の美しい街と、巨大なドラゴンが描いてある。 そう、きずなはファンタジー小説が好きなのである。勇者がドラゴンを倒す冒険ファンタジーや、異世界転生ものまで、今までたくさんの小説を読んできた。それまでに、ファンタジー要素満載の本作には憧れはあったものの、今までそういうファンタジーのゲームをやめてきた経験から、中々手を出せずにいた。 「ファンタジー、好きだよねぇ〜。まぁ、気が向いたらやってみてよ。」 その時、教室の扉が勢いよく開く音がした。 「あ、次、移動教室だ。あたし先行くね。」 爽は椅子から立ち上がると、食べきったジャムパンの袋を丸めて、まるでシュートでも決めるかのようにゴミ箱へと投げ入れた。その動作は一切の迷いがなく、かと思うと、目にも止まらぬ速さで教室から去って行った。 「…さすが陸上部のエースだねぇ。」 あやめは、まるで嵐が通り過ぎた後ように、半ば呆れたように呟く。爽はスポーツテストで学年一位を誇る抜群の運動神経と、常にクールで冷静な性格から、一部の男子から密かに人気がある。 「ま、私たちもそろそろ行こうか。もうすぐチャイム鳴っちゃいそうだしね。」
Anpanman